緊急事態宣言が解除され、今後第2波へ備えた対応が必要な問題になっており、政府は「新しい生活様式」、つまり、人との接触機会削減が可能となる生活の工夫の模索を要請しています。感染拡大を防ぐためにその他、検査と隔離、ワクチンの開発など、重要な対策があります。

ここでは、対策毎に、実効再生産数Re(一人の感染者が平均的に何人に感染させるかを表す値)の減少に与える効果、Reを1(新規感染者数が一定になる値)より小さくできるか、もしできないとすればReを1以下にするために国民にどの程度接触機会削減を期待しなければいけないのか、を推定しました。

そこから分かることは、我々は依然として、「新しい行動様式」による感染機会を減らす工夫を続けなければならない、ということです。いつ第2波第3波が来るか分かりません。少しでも影響を少なくするために、感染機会を減らす努力に加え、ITを使うことも含め、できることはいろいろやってみる、という姿勢が重要そうです。そうすれば、感染機会を減らす努力も少しは楽になるかもしれません。

以下に予想結果を先ず書きます。

なお、以下の推定において、日本における基本再生産数R0は、後述の理由で、1.8としてあります。その場合、ワクチンがない、隔離対策などはしない(陽性者が見つかっても隔離しないことを想定)等、特に対策がない場合、実効再生産数Reを1.0にするためには44%の接触機会削減が必要です。又、推定において、現在というのは6月9日を指します。

< 予想結果 > 

A 徹底したと検査と隔離

ワイドショーなどでは、徹底的に検査して隔離する方法を主張していることがあります。例えば、1週間に1回、地域の全員(東京都では約13百万人)にPCR検査をして、陽性になった人を隔離・治療する方法です。とてつもないコストと労力が必要そうですが、これが可能であれば直ぐに感染者はいなくなるような感じもします。しかし、このような徹底した検査と隔離を行っても、実行再生産数は1.08となるだけで、1以下にはなりません。従って、Re=1にするには、この検査と隔離に加え、更に、1割弱の接触機会削減が必要です。たった1割弱でよい、とは言えますが、コストと労力が、、、

B 現状に近い(もうちょっと頑張ればできそうな)検査と隔離

現在の状況では、市中感染者(検査されていない陽性者)の内の4%程度しか捕捉できておらず、それだと実効再生産数Reは1.73とわずかに下がるだけで、42%の接触機会削減をしないとRe=1になりません。つまり今のやり方では、実効再生産数の低下の効果は殆どありません。又、隔離といってもそれを完全に行うことは事実上不可能です。

もう少しPCR検査を積極的に行い陽性者を探し出すようにして、市中感染者の内の15%を捕捉できるように頑張ると、必要な接触機会削減は38%程度となります。

C ワクチン開発が成功した場合

ワクチンを接種した人の割合に応じて実効再生産数が下がります。例えば、ワクチンの効果が100%のとき4割の人に接種できれば、実効再生産数は4割ほど減ります。ワクチン効果は大きいですね。なお、ワクチンの効果が100%ということはありえません。実際にはよくて70%程度かと思われます。

D 新型コロナウイルスの免疫が持続する場合

このウイルスに一度感染した人が、その後どの程度の免疫力を示すかについては、未だ分かっていません。が、もし十分な免疫力を持つとすれば、全感染者(検査されていない人も含め過去に感染した人)の割合だけ実効再生産数が減ります。現状では、東京都の全感染者は2%あまりと推定されますので、実効再生産数は2%あまり減ります。実効再生産数への影響については、ワクチン接種率と市中の免疫保持者の割合の和で効きます。日本では、集団免疫には未だ遠い状態かと思われます。

E 新型コロナウイルスに季節性がある場合

このウイルスが、高温多湿時に感染力が減るか否かは未だ不明ですが、もし季節性があるとするとその程度に応じて実効再生産数は減少します。他のコロナは季節性があるようです。新型コロナにも0.4程度の効果があると、この夏はマスクを外せそうです。

以下、具体的に書きます。

< 実効再生産数について >

実効再生産数Reは以下のように定義できます。。。と思います。

Re=(1-p-q)✕(1-r)✕(1-s)✕ R0

ここで、
R0:基本再生産数
p : 市中で免疫のある人の割合
q : 陽性となり隔離される人の割合
r : 接触機会削減の割合
s : 季節によって感染力の減る割合
です。

上の式では、p+qとrとsの要因がそれぞれ独立に働くものと仮定してます。

各パラメータについては以下のとおりです。

< 各パラメータ >

基本再生産数R0は、特に感染対策をしない場合に、ウイルスの性質、その国・地域の生活習慣等によって決まる、感染力を表す数値です。一人の感染者が(免疫の獲得あるいは死亡で感染力を喪失するまで)平均的に何人に感染させるかを表します。1以上で感染拡大、1以下で感染減少、を表します。この値は統計的なデータから求めるもので、ここでは、下の全国の実効再生産数の推定値(コロナ専門家会議資料)から予想することにします。このグラフでの新規感染者数は、普段よく見る発表日ごとのデータではなく、そこから推定した感染日ベースにしたデータです。東京都のグラフでもよいのですが、データ数が少なくてばらつきが大きいため、国内のグラフを使います。ここで、本格的な感染対策が行われる前の2月頃の実効再生産数Reの平均的な値を1.8程度とみなし、これを基本再生産数としました。ただし、以下では、全国ではなく東京都を想定して説明を進めます。

pは、免疫のある人の割合です。ワクチン接種者の割合、かつて感染して免疫のできた人の割合の和に対応します。現在、有効なワクチンはありませんので、かつて感染したことのある人(全感染者)の割合だけになります(その推定方法は、このブログの「新型コロナウイルスへの対応 その2 「全感染者数」」という記事に書きました)。東京都では現在おそらく30万人程度と推定できますので、感染したことのある人の割合は2%としておきます。ただし、一度感染した人が免疫力を保持するするかどうかは、いまのところ不明です。

qは、隔離した感染者の割合です。PCR検査して陽性とされた人を入院あるいは施設に入れることにより、市中から感染者を減らすことができます。

rは、接触機会削減率です。人と会うことを避け、会っても大声を出さない、又、手洗いをこまめにするなどの生活習慣で、感染の機会を減らすことができます。

sは、季節性の要因です。大抵のインフルエンザウイルスは、高温多湿の環境下では感染力を失います。新型コロナウイルスについては季節性があるかどうかは今の所不明です。

以下に、上の対策毎の分析をします。

< A 徹底した検査と隔離 >

PCR検査を徹底的に行い陽性者を見つけ出し、陽性者を病院又は施設に収容し隔離することにより感染を防ぐべき、という主張がよく聞かれます。それが妥当かどうか、以下に検証します。

モーニングショーでは、例えば、1週間に1回、地域の全員(東京都では約13百万人。最近は、区単位でもよいと言っているが区をまたいでの移動が多いので無意味。実は、都単位でも徹底できない)にPCR検査をして、陽性になった人を隔離してはどうだ、と言っていました。この方法は到底実現できるとは思えませんが、その効果を一応検討してみます。ここで、免疫の効果p、季節性の影響sを除くと、Reは以下のようになります。

Re=(1-q)✕(1-r)✕ R0

まず、qを求めます。PCR検査で正しく陽性と判定される確率は、検体を鼻咽腔あるいは喉から綿棒で採取する場合70%程度のようです。が、唾液を使った場合はもう少し上がるようですので、80%としておきます。次に、1週間に1回ずつ全員検査する場合、感染から発症し感染力を失うまでの期間(感染力のある期間)は正確には不明ですが2週間と仮定すると、隔離されなければ感染させるはずだった人の半分(50%)だけに感染させることになります。したがって、隔離の効果qは、0.8✕0.5=0.4となります。R0は1.8としてあるので、
Re=(1-0.4)✕(1-r)✕ R0 = 1.08✕(1-r) になり、r=0、つまり接触機会削減が0では、Reは1.08となり1以下にはなりません。Re=1になるのは、r=1-(1/1.08)=0.07 となりますので、このような非現実的と思えるような無茶な検査と隔離をしても、それでも感染者増大は収まらず、更に1割弱(7%)の接触機会削減が必要になります。

なお、後述のように、現在、東京都に潜在する毎日の新規感染者は400人程度かと予想されますので、全員を入院、隔離させるためには相当な数の施設が必要です。また、感染率が2%程度だとすると圧倒的に陰性の人が多いため、PCR検査による偽陽性(感染していないのに陽性となること)の人数がかなり増え、混乱のもとになります。

以上の検討では、検査陽性の場合、完全な隔離としましたが、隔離ではなく能動的モニター(陽性者の状態をこまめに診断し症状が出たら隔離する)の場合には、Reは3割ほど上昇しそうですので、3~4割の接触機会削減が必要となります。なお、この辺りは、Iさんに教えていただいた古川教授の総括に引用されている論文(235)を参考にして推定しています。

< B 現状に近い検査と隔離 >

現在の検査体制と診療体制に沿った方法で検討してみます。また、現在よりもう少し頑張った体制も検討してみます。

先ず、現状並で、PCR検査などで感染者が見つかった場合に入院あるいは施設に隔離すると同時に、濃厚接触者を探し出し陽性であれば隔離するようにします。現状では、東京都の新規感染者は1日20人程度で推移しています。一方、死亡者(1日当たり1人弱)から推定される都内の市中感染者(全感染者)は1日に1000人弱程度発生しているものと思われます(その推定方法は、このブログの「新型コロナウイルスへの対応 その2 「全感染者数」」という記事に書きました)。ただし、過去のデータから、死亡者数は新規感染者数から2~3週間程度遅れて現れるようですので、現在の都内の市中感染者数はもっと少なく、日々400人程度発生しているものとしておきます(あるいはもっと少ないかもしれません)。

この場合、5%程度が捕捉されているに過ぎないと考えられます。又、検査し陽性と判定されるまでに人に感染してしまう恐れがありますので、隔離の効果が少し下がりますので、それを考慮し、えいやっと0.8倍すると、q=0.05✕0.8=0.04となり、実効再生産数Re=0.96✕1.8=1.728になるだけで、Reを下げる効果はわずか4%です。ここから分かることは、今のやり方では、隔離によるRe減少の効果はほとんど無い、ということのようです。この場合接触機会削減rを入れると、Re=0.96✕(1-r)✕1.8となりますので、Reを1.0にするにはr=0.42、つまり、接触機会の削減を42%にする必要があります。

なお、ここでは、症状のある人も無症状の人も同じような感染力を持っているものと仮定しています。また、私の全感染者数の推定が過剰見積もりで、市中感染者の数がもっと少ないとすると、その分だけqが大きくなり要請される接触機会削減の割合が減ります。私の推定が間違いであるとうれしい。更に言うと、感染が拡大する前(市中の感染者が少ない段階)だと、隔離の効果が大きいことは容易に予想できます。なお、まったく隔離しない場合(r=0)には44%の接触機会削減が要請されます。

現在、PCR検査の体制体制が徐々に強化されており、唾液を使った検査も承認され、抗原検査も使われ始めていますし、クラスター、特に夜の街?でもっと積極的に濃厚接触者を検査し陽性者を見つけ出せるようになり、陽性者捕捉の割合が15%程度にできたとします。その場合、上の同様の計算で、Reを1.0にするにはr=0.38となり、38%の接触機会削減が求められることになります。

もしもっと頑張ってPCR検査での捕捉率を30%に上げられたとすると、30%の接触機会削減でよいことになります。

以上まとめますと、Re=1.0とするために必要な接触機会削減の割合は以下のようになります。

・ 隔離をまったくしない場合 44%
・ 現状並みの検査隔離の場合 42%
・ 捕捉率15%にできた場合  38%
・ 捕捉率30%にできた場合  30%

以上の記述からは効果は限定的に見えますが、感染拡大が微妙な場合、つまり、新規感染者数が横ばい・微増・微減のときには、PCR検査・隔離の効果は顕著になるかもしれません。

なお参考まで、今まで使われていたR0=2.5の場合、p=q=s=0の状態でReを0.5(緊急事態宣言の下で政府の期待した実効再生産数)にするには、72%の接触機会削減となります。政府からは8割削減と言われていましたが、今回のパラメータを使うと、接触機会削減は7割あまり、ということになります。この違いは何かというと、実はあまり具体的な意味はありません。数字の遊びといえます。政府が接触機会の8割削減を持ち出した理由は、このブログの「新型コロナウイルスへの対応 その5 「政府のコロナ対応戦略 -多分こうだったんじゃないか劇場-」」に書いてあります。

以上の検討結果では、今のような検査体制のまま、あるいはその改善程度では、感染拡大阻止の効果は意外と小さいようです。しかし、クラスターを起こしやすいところを集中的に検査するなど、資源を有効に使いながら、把握できる人数を増やす努力は非常に需要だと思います。また、このコロナウイルスは、発症前後に最も感染力が強くなるという報告もあるようです。そうであれば、濃厚接触者を迅速に探し発症前に見つけ出す確率を上げると、上に書いた値qよりももっと大きな値を期待できそうです。陽性者の捕捉をできるだけ早く、というのがこれからの課題かもしれません。

いずれにしても、以上の検討結果から、緊急事態宣言のときの半分くらいの接触機会削減の生活を今後も続けないと感染拡大につながる、ということがいえそうです。最近の人出が平時の70%~80%にまで戻っているという報道もあり、数字だけ見るとReが1.0を越えている恐れが多分にあります。しかし、「新しい生活様式」として、一人ひとりが注意し、また、多くのお店でもいろいろな工夫をしているようですので、そのおかげでReが1.0に近いところにあり、なんとかなっているのかもしれません。

< C ワクチン開発が成功した場合 >

今世界中でワクチン開発が進められていますが、これが成功し、大勢の人に接種できるようになった場合、効果は大です。例えば、4割の人が予防効果100%(実際はもっと低いのでしょうが)のワクチンを接種したとすると、R0に掛かる(1-p)が0.6になりますので、Aで書いた全員検査・隔離の場合と同程度の効果になります。

< D 新型コロナウイルスの免疫が持続する場合 >

新型コロナウイルスに罹った人が免疫を持つかどうか、免疫ができたとしてその持続期間、免疫があったとしてもウイルスの変化する速度、など未だほとんどわかっていないようです。しかし、もし免疫力が持続するとした場合、その効果は、上のCで書いたpの中に和の形で加わります。

現状では、東京都の全感染者(今まで感染したことのある全ての人)は2%あまりと推定されますので、もし、感染者が免疫力を持つと仮定すると、実効再生産数は2%あまり減ります。実効再生産数への影響については、ワクチン接種の割合と市中の免疫保持の割合と隔離の割合の和で効きます。

集団免疫とは、集団の中の既感染者が半分近くに達し、感染抑止効果が現れる状態(特別な対策をしなくてもReが十分小さくなっている状態)をいいます。日本はまだまだこの状態からは遠くにあります。

< E 新型コロナウイルスに季節性がある場合 >

季節性インフルエンザには季節性がありますが、新型コロナウイルスが高温多湿時に感染力が減るか否かは未だ不明です。しかし、もし季節性があるとすると、実効再生産数は、(1-s)を掛けた形で減少します。高温多湿時にこのウイルスの持続期間が減るという実験結果もあるようですので期待ができるかもしれません。この夏、もし感染力が20%減るとすれば、接触機会削減を2割ほど緩めてもよいことになります。感染力が40%減るとすれば日常生活に戻れそうです。

季節性の有無の検証はできていないようですが、今まで南半球での感染が比較的少ないかったことは、季節性のあることを示しているのかもしれません。ただし、もし、季節性があるとすると、今南半球は冬に向かっていますので感染拡大が極めて憂慮されることになります。

< その他 入国の緩和について >

今後徐々に外国からの入国条件を緩和していくものと思われます。当面、入国に際しPCR検査を条件とするなどの対策はすると思うのですが、それでもPCR検査の偽陰性の確率などによりすり抜ける人がある割合で出ます。コロナ対策班の西浦教授はそうしたすり抜けが1日10人ずつ発生し90日続くとかなりの割合で感染爆発すると発言したそうです(朝日新聞デジタル)。しかし、すり抜けた人数が10人だとして全て東京都に入ると仮定した場合でも、上で検討した結果に準じると、現在日々発生している400人ほどの市中の感染者の2%あまり増えるのですから実行再生産数が2%あまりアップするだけで、爆発的感染に結びつくとは考えづらいのです。上の西浦教授の発言には、メディアには書かれていない何らかの条件が含まれていたのだろうと思われます。あるいは、現在の市中の感染者の数に関する私の推定が間違っており、実際はもっと少ないのかもしれません。

なお、感度80%(感染者の80%が陽性と判定される)のPCR検査を出国、入国で2回行ったとした場合、すり抜ける感染者は4%程度になります。当面そのような検査体制が必要なのでしょうね。

< 追加コメント >

この記事を書いた後、ソフトバンクが社員と関係者、さらに医療関係者の合わせて4万人の抗体検査をした結果を公表しました。それによると、母集団に偏りはあるものの、ざっとみて、抗体保持者の割合は私の推定よりもかなり低いように見えます。つまり、上に書いた全感染者数はもっと少ない可能性があり、従って、上の項目Bに書いた対策は実効再生産数の減少にもう少し有効かもしれません。ただし、感染率が低いのは、ソフトバンク関係者が特に低いということかもしれませんし、何か他の理由があるのかもしれず、今のところ、私の推定が誤っているかどうかの判断はつきかねます。

後になって、上に書いた西浦教授の入国の管理に関する警告には前提のあることが分かりました。それは、実効再生産数が1.6の場合、としていることです。それを知り、感染者数は大幅に増えるとの議論が理解できました。しかし、この記事では、実効再生産数を1.0以下にするにはどうすればよいか、ということに注目して書いていますので、上ではちょっとずれたことを書いてしまいました。

[8月7日の追記]

この記事では、致死率が0.1%程度と推定しましたが、6月の感染再拡大以降、この推定が使えなくなっています。その理由は、6月以降の拡大が若い人を中心に広まっているために、致死率が大幅に下がっていることによります。高齢に伴い重症化率、致死率が上昇することは知られていますが、6月以降、高齢者の割合が下がっており、年代構成が変わったことにより全体の死者数が大幅に減っています。また、治療法の進歩があるかとも思います。従って、6月以降暫くは、全感染者数を推定する際、日々発表される新規感染者数を10倍~30倍して推定するくらいしか方法がなくなっています(ただし、この推定に根拠はありませんのでご注意下さい)。なお、今後年代構成が変化すると、致死率を使う推定方法が使えるようになるかもしれません。

< コロナ関連記事 >

このブログに書いたコロナ関連の記事は、以下のとおりです。

また、私の別ブログに書いたコロナ関連記事は、以下のとおりです。