新型コロナ感染症の第5波が急速に減衰した理由(表計算によるシミュレーション)
2021年8月の第5波のピークの後、日々発表される新規感染者数が9月、10月に予想外の速さで収束しました。テレビでは、感染者数の急激な減少の理由を訪ねられた専門家が「分からない」と答えるシーンがよく見られました。専門家は、一つの理由では説明がつかず複数要因を考慮すべき、という意味で発言しているものと思われますが、専門家が「分からない」という言葉を使うことは、「感染対策は意味がない」と誤解されるおそれがあり、非常に問題が大きいと思います。感染の増減は、ワクチンの効果や感染対策、人々の接触行動などが絡み合って決まるものと思われます。この記事では、下に示す6つの要因に分けて具体的に記します。
ここで用いた手法
このブログでは、東京都の新規感染者数は渋谷のスクランブル交差点の人出データと相関があるらしいこと、発症から感染者数として発表されるまで2週間弱の遅れがあることを利用し、「表計算ソフトを使い、東京都のコロナ感染症新規感染者数の2週間予測をしてみた」という記事を書きました。そこでは、記事「表計算ソフトを使い、コロナ変異株に対するワクチンの効果をシミュレーションしてみた」に書いてあるような推定結果に基づき2週間予測を行っています。
上の記事の2週間予測では、通常10%程度の誤差があります。過去のいくつかの波の前後では20%を越す誤差も結構ありました。第5波についても20%あまりの誤差があり、他の波との大きな違いはありませんでしたので、第5波だけが特別だったとは思えません。逆に言うと、その程度の誤差に収まる程度には推定ができている、といえます。これらの経験から、第5波の後の急激な収束は、下に記すように、ワクチン接種率のアップの効果や皆さんの感染対策の意識と行動でかなり説明がつくだろうと思っています。
感染者数が急激に下がった要因
第5波の後、新規感染者数が急激に下がった要因として以下のようなことが考えられます。
- ワクチンの接種率が急速に上がったこと
- お店や職場での感染対策が維持されたこと
- マスクや手洗い等の感染対策と、皆さんの行動制限の努力が続いたこと
- 変異株の感染力が発表されたほどの強さではなかったこと
- 急激に感染者数が増えたため集団免疫がワクチンの効果にプラスされたこと
- 各波の急激な増加や減少の途中では、PCR検査数が急激に増加、減少すること
上に紹介した記事「表計算ソフトを使い、コロナ変異株に対するワクチンの効果をシミュレーションしてみた」では、これら1.から5.を考慮し、その時々における感染のしやすさについてグラフ化してあります。又、それに基づき2週間予測をしています。
減少要因の数値的な説明
上の、1.については、その時々の接種率を予測式に組み込んでいます。2.と3.の感染対策については、ここ1年ほど維持されているものとしています。皆さんの行動制限は人出のデータに反映しているものと仮定して2週間予測に利用しています。上の記事では、NHKのサイトにある渋谷のスクランブル交差点の人出データを使っています。
次に、上の4.から6.について書きます。
<4. アルファ株とデルタ株の感染力について>
今迄専門家から、種々の変異株についてその感染力の強さの推定値が発表されていました。
例えばデルタ株については、NHKの記事「インドで確認の変異ウイルス「デルタ株」 感染力は1.95倍と推定」によると、実効再生産数で従来株の1.95倍とされており、また、その後、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の報告によると従来株の約2倍と発表されています。なお、アルファ株については、1.5倍程度以上、とされていました。これらの調査は疫学的調査、つまり、実際の変異株の型判定のための追加検査結果に基づくようです。そのような場合、注目する変異株の濃厚接触者を中心に型判定の追加検査していることと想像されますので、その時々の注目の変異株(年初はアルファ株、春以降はデルタ株)の割合が実際よりもかなり高く出るものと推測されます。従って、実際に変異株が占める割合やその感染力は発表される値よりも相当低いものと考えるのが妥当です。
最近、急激な減少の理由として、ある種の酵素のおかげでデルタ株に変異が生じて弱くなったからとか死滅しているからだ、という発表があります。研究室では観測される現象なのでしょうが、現実世界でどのようなメカニズムで、変異して弱くなったウイルスが他のウイルスを押しのけて急速に広がるのかという説明がなく、この説にはちょっと賛同できません。むしろ、デルタ株の感染力が元々言われているほど強くはなかったと想定するほうが妥当な気がします。件の酵素の説とも矛盾しません。変異株の感染力の強さについては、上に記した記事「表計算ソフトを使い、コロナ変異株に対するワクチンの効果をシミュレーションしてみた」では当初から、発表されている値よりもかなり低めに設定してありました。なお、実効再生産数は世代の長さを5日としているようですが、このブログでは週毎の変化(7日毎)となるように換算して表しています。
<5. 既感染者による集団免疫への寄与>
第5波で、東京都の新規感染者数の累積が30万人を大幅に越しました。検査で見つかっていない感染者数(潜在的な陽性者数)は不明ではありますが、おそらく発表される新規感染者数の数倍はいるものと思われます。また、一度感染するとある程度の免疫ができるものと思われます。上に記した記事「表計算ソフトを使い、コロナ変異株に対するワクチンの効果をシミュレーションしてみた」では、潜在的な感染者数も含めると全感染者数は発表される新規感染者数の5倍存在するものとし、又、その人達の感染予防の効果は0.4である、として計算に組み込んでいます。根拠はあまりないのですが、こんなものかなあ、という値です。計算式では、この値がワクチン接種の効果に若干加わる形にしてあります。
<6. 検査数の急激な増加と減少>
新規感染者数は、PCR検査数に大きな影響を受けます。検査の対象者が具体的にどのように選ばれているのかが分かりませんので、検査数の増減が新規感染者数にどのように影響するのかを数値的に表現するのは難しく、更に、検査数は後で判明するため、感染者数の予測にはまったく使うことができません。そうは言っても、第5波の後、9月頃、検査数は毎週20%程度の減少が続きましたので、新規感染者数にも5%程度の影響はあったとしても不思議はありません。なお、検査数の増減は2週間予測には組み込んでいません。
2週間予測の誤差の評価
以上の要因を考慮すると、以下のように考えられます。
先ず、2週間予測では、上の1.から5.を組み込んでいます。第5波の後、2週間予測の誤差が20%程度となる状態が続きました。そのうちの5%程度は上の6.に書いた検査数の急激な減少によるものと推定されます(正確には分かりませんが)。又、2週間予測に用いた渋谷の人出のデータ(NHKのサイト)には夜の人出数が含まれないのですが、第5波のピークの後、渋谷の夜の人出が減ったという報道がありました。夜の人出の減少が実際には新規感染者数に5%程度影響があったものと仮定しますと、検査数の急激な減少の影響と合わせ、20%程度の誤差のうち10%程度は説明可能となり通常の誤差とあまり違いがなくなります。
従って、上の6つの要素を考慮すると、第5波の後の急激な減少は、ある程度説明がつくようです。つまり、その中で特に大きな影響を与えている、ワクチン接種率のアップと各人の感染対策の意識と感染抑制の行動の継続が、感染者数の急激な減少につながっている、と判断できると思います。