「トッド氏が語る「西洋の敗北」の研究」黒木諭(Kindle版 2025)
E.トッドの「西洋の敗北」を読んでみよう、せめて何が書いてあるのか知りたいな、と思っていたところ、この本を見つけてしまいました。この本は、Kindleでしか読めないようですが、表紙には「研究論文」の文字があり、トットの「西洋の敗亡」を解説していように見えます。しかし、この本に書かれていることは、「西洋の敗北」に書かれていることと同じなのか、この本の著者の意見なのか、原文を読んでいないため、正直なところ判断は難しい状況です。
この本はそもそも「西洋の敗北」をまとめているように思われるのですが、更に「第10章 結論」に9章までの要点がまとめられています。つまり、10章はトッドの「西洋の敗北」のエッセンスのエッセンスなのではなかろうかと思われます。というわけで、以下に、「第10章 結論」に書かれていることを更に以下にまとめてみます。
・家族構造と社会変容
トッド氏の分析では家族構造が社会の規範や価値観形成に与える影響を重視している。英米圏の「核家族」は個人主義と自由を重視、ロシアや中国の「共同体家族」は権威主義と平等主義、ドイツや日本の「直系家族」は階層性と不平等を受け入れる、としている。
・教育の階層化と民主主義の変質
近代の識字率向上は民主主義の発展と密接に結びついていたが、高等教育の大衆化は、むしろ社会の分断と民主主義の弱体化をもたらした。高学歴層である知識階級はエリート意識を持ち、そのため教育水準の低い層は置き去りにされ、ポピュリズムの台頭を招いている。
・宗教の衰退と「ゼロ宗教状態」
西洋社会における宗教の衰退は、社会の統合メカニズムの喪失を招く。宗教の段階は「初期状態」「ゾンビ状態」「ゼロ状態」に分けられ、現代の西洋社会は形式的な宗教的慣習は残ってはいるが実質的な信仰や集団的な価値観が失われた「ゼロ宗教状態」にあると分析する。
・アメリカの覇権衰退とその影響
ソ連崩壊後、アメリカの一極支配体制が確立されたかに見えたが、ソ連崩壊以前から始まっていたアメリカの衰退(製造業の空洞化、金融資本主義への過度の依存、社会的分断の拡大など)は、アメリカ自身だけでなく、その同盟国や国際秩序全体に大きな影響を与えている。
・ヨーロッパの構造変化とドイツの台頭
EUによりヨーロッパの統合が進んいるように見えるが、実際にはドイツを中心とした新たな階層構造を生み出している。ドイツとその周辺国でなる「ドイツ・システム」は、人口規模でロシアに匹敵し、産業基盤ではアメリカに対抗しうる存在となっている。
・多極化する世界秩序
ソ連崩壊後の「西洋の勝利」という単純な図式は崩壊し、世界は多極化の方向に向かっている。アメリカの相対的影響力低下、中国やロシアなどの台頭、ドイツを中心とした「新ヨーロッパ」の形成など、複数の極が形成されつつある。
以上が、トッド氏によるこの世界の現状分析です。
未来予測としては、西洋の衰退は避けられず、そのシナリオはさまざま想定されますが、多極化する世界では、新たな国際秩序の構築が可能であり、「アメリカの影響力の低下は世界の平和の始まり」といも見ているようです。
私の印象ではありますが、トッド氏の理論は、文化人類学者のレヴィ・ストロースの理論のような感じがします。レヴィ・ストロースの理論は事実を説明できるすごい理論なのですが、自分で適用してみようとしてもうまく使えない、ということはしばしば言われてきたようです。トッド氏の言うことも、今まで予測としてはうまく当たってきたようなのですが、家族問題、宗教問題の解釈が非常に困難で私にはどうにもうまく使えそうにもありません。
