「西田幾多郎『善の研究』がわかる」高村悠人(Kindleペーパーバック 2024)

この本の表紙に、中学生でもわかる、とあったので読んでみました。西田幾多郎の原典は読んでもまったくわかりませんし、分かりやすいと思われる解説を読んでみても、なかなか分かったような気持ちになれません。

この本では、純粋経験とは、場所とは、絶対矛盾とは、善とは何か等が説明されています。この本を読むと、それぞれの意味の雰囲気は分かります。分からなかったものが少しでも分かりますので(何に関するものか、ということは分かるので)それなりに読んだ意味があるかもしれません。

というとこで、感想です。先ず、最初にある「純粋経験」の説明のことですが、この本では、

これは、簡単に言うと、私たちが何かを「感じる」とき、世界と自分自身との境界がなくなるような、一体化した状態のことです。

というのですが、なんだか違うような感じがします。この説明では、純粋経験とは、なんだか、自分が宇宙と一体化する、みたいな神秘体験のように思えてきます。読み方がいけないのかなあ。

次に、「場所」については、

「場所」とは、世界と「私」が相互に影響し合い、織りなす一種の場のようなものだと捉えることができます。
私たちを取り巻く「場所」には、自然、社会、そして、他者との関係が含まれています。

「絶対矛盾」については

「絶対矛盾」とは、簡単に言うと、「相反するものが、同時に存在している状態」のことです。
このように、西田幾多郎さんは、世の中にあるあらゆるものは、「絶対矛盾」の関係で成り立っていると考えたのです。
「絶対矛盾」は、相反するものが、同時に存在し、お互いを否定するのではなく、むしろ、お互いを引き立て合って、より豊かな世界を形作っている、という考え方です。

「善」とは

西田幾多郎の哲学において、「善」は単なる「良いこと」や「正しいこと」ではありません。 それは、私たちが生きていく中で、常に付きまとう「矛盾」を乗り越えようとする、力強い意志や行動そのものなのです。

という感じで、わかりやすい言葉で書かれています。これらが頭に入っていると、他の解説本も少しはかじってみることができるかもしれません。

この本の目次は以下のようになっています。

1.1 「私」って一体誰?:近代的な「私」の考え方と、その限界
1.2 世界と私、一体どうなっているの?:つながっている?分かれている?
1.3 「純粋経験」という視点:世界と「私」がひとつになる瞬間
1.4 「場所」の考え方:世界と「私」が織りなす不思議な関係
1.5 「私」の根源を探る:宗教や哲学が考える「私」の存在
2.1 善と悪の葛藤:私たちはなぜ迷い、苦しむのか?
2.2 「絶対矛盾」ってなに?:相反するものが同時に存在する世界
2.3 矛盾を乗り越える:苦しみや葛藤から生まれる新しい世界
2.4 愛と悲しみの根源:矛盾の中にこそ、人間の深さが現れる
2.5 「善」とは何か?:矛盾を抱えながらも、前に進む力
3.1 「善」を実現する:西田哲学が考える、理想的な生き方
3.2 自分らしく生きる:他者との関係の中で「善」を見出す
3.3 社会と歴史:西田哲学が考える、より良い社会とは?
3.4 現代社会と「善の研究」:私たちが今、考えるべきこと
3.5 未来への希望:西田幾多郎の哲学が示す、希望に満ちた未来
おわりに

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