「脳の意識 機械の意識」渡辺正峰(中公新書2017)
このブログの別記事に、哲学的ゾンビについて書いたことがあります。そのとき、クオリアのない視覚について書いてある本に触れたのですが、どの本だったか思い出せませんでした。しかし、この本に「盲視ークオリアを伴わないヒトの脳の視覚処理」(p.17)という項目があり、どうやら、この本だったようです。ということで、この本を読み直してみました。以下に私の視点でまとめます。
第1章 意識の不思議
この章の始めでは「意識を科学的に検証しなければならない、我々にあってコンピュータに無いもの、それがクオリアである。この「クオリア問題」は難しい。なぜ脳を持つものに、そして脳を持つものだけにクオリア=感覚意識体験は生起するのだろうか。感覚はあてにならない。例えば視覚。見えるものがそこにあるとは限らない。例えば、夢もクオリアだが、外界からは遮断されている」ということです。
「盲視ークオリアを伴わないヒトの脳の視覚処理」の節には、脳腫瘍の治療のため第一次視覚野を切除した患者が、手術で完全意志力を失ったが、近くにある対象物の位置や動きを質問するとかなりの正解率で当ててしまう。本人の意識はまったくないが、脳の視覚処理を行われていることになる。これを盲視と呼ぶ。つまり、脳がわざわざクオリアを作り出していることを示している。ということです。この部分が、この記事の冒頭で書いたことです。
上は脳手術をした患者の経験ですが、健常者でも視覚入力があるのにも関わらずクオリアの発生しない状態を体験できるのだそうで、例えば、両眼視野闘争というものであるそうです。これは誰しも簡単に試すことができ、確かに、似たようなことは日常的にも体験します。
第2章 脳に意識の幻を追って
この章では、意識に連動する脳活動を探す研究について、説明されています。脳活動の計測に関する話題がたくさんあります。
第3章 実験的意識研究の切り札 操作実験
NCC(意識に関連した脳活動)を探求する手段として「操作実験」に着目します。操作実験とは、脳活動を人工的に改変し、それが脳機能に及ぼす影響を調べることで、両者の間の因果関係性を明らかにする手法のことです。
ここでは、私たちに自由意志はあるか、ということを調べる実験が書かれています。その一つは次のようなものです。視覚から脳への情報の伝達、脳から四肢への情報の伝達速度を考慮すると、バッターがバットを振る時、ボールを認識してからフル始めるのでは遅すぎることが簡単にわかります。では、実際にはどうなっているかというと、脳が動かそうと意識する前に身体は動きはじめている、ということが確かめられているのだそうです。つまり、これらの実験を精査すると、我々は意識のもとの自由意志を持たない、という結論が得られるようです。
第4章 意識の自然則とどう向き合うか
「自然則」というのは「原理」のようなもので、何故そのようになっているか、は一先ず先送りにします。したがって、「意識の自然則」というのは「脳が斯々然々のふるまいをすると意識が発生する」を問答無用で決めつけてしまう考えのようです。そうすると、哲学者たちを悩ませてきた主観と客観の間のギャップを問答無用で一先ず見えなくしてくれるからです。
そのおかげで、神経回路網のなかに見え隠れする意識と取り組むことができるようになります。ここでは、機械に意識は宿るか、哲学的ゾンビなどが話題です。哲学的ゾンビについては、人形ロボットがいたとして、意識を持っていないかもしれない、とすると、このロボットから哲学的ゾンビの推測ができるといえます。
第5章 意識は情報か、アルゴリズムか
意識の自然則は、主観と客観を問答無用で結びつけるもので、なぜ成立するかを問うことは脇に置きますので、言ったもの勝ちとうことになります。
とはいえ、意識の自然則の客観側の対象としての情報(モノとしての脳の中の情報)に関して、
・ チャーマーズの「情報の二層理論」 : あらゆる情報に意識が宿る
・ トノーニの「統合情報理論」 : 統合された特殊な情報に意識が宿る
といった考えがあります。両者の違いは、情報に対しどこに線引を行うかにあります。さらに、筆者は、意識の自然則の客観側の対象として「神経アルゴリズム」をあげています。
終章 脳の意識と機械の意識
著者が言うには「意識の宿る機械を作るのであれば、実際に意識を持つかどうかはあまり関係ない。どうせ外から見分けはつかないのだから。意識を持っているように振る舞えばよいだけ。しかし、我々の意識を機械に移植しようとすると、話はまったく違ってくる」ということのようです。
この本の目次
第1章 意識の不思議
第2章 脳に意識の幻を追って
第3章 実験的意識研究の切り札 操作実験
第4章 意識の自然則とどう向き合うか
第5章 意識は情報か、アルゴリズムか
終章 脳の意識と機械の意識
